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2007.9.1 sat - 9.29 sat

田中朝子 Asako Tanaka
pool
  • オープニング・パーティー 2007.9.1 sat 17:00 -



2001年より2年毎に開催している弊画廊での個展では、会場の特徴をいかしたユニークな展示を展覧会ごとに展開してきました。
この度の展覧会では“水”をテーマに、日常の中の何気ないモノを捉えた新作の写真作品を発表。視覚の純粋性と不確かさを浮き彫りにする試みとして、“見る”環境や行為自体から作品化する田中が新たに提案する視線の向け方とは?



作家コメント

 ある休みの日。入浴には少しトボけた明るい時間に、洗うでもなく考えるでもなく歌うでもなく、ゆっくりとっぷり湯に浸っている、そんな時あるものに目がとまりました。
 自分の手です。なんとなく白けた手。色もさることながら、佇まいが白けている。それこそ水死体の様にポカーンと無表情に、「いる」より「ただ、ある」。水の中のそれは、何からか解放された安堵感あるいは虚脱感と言った類いの緩さを纏っている、言ってみれば、名前を失った美しい抜け殻。そんな印象を、ふと受けました。
 思えば昔プールで、友達の足を、碁石を、底に引かれたラインを、水に潜って眺めていると、それらは変に白明るく、時に揺らぎ歪み、遥か遠くの幻想の世界に片足を踏み入れた様な、何とも言えない不思議な気持ちに陥った・・・そんな記憶も呼び起こされます。「水」体験は子供の頃は夏が来る度にあったのです。
 水の中では一体何が起きているのだろう?改めて自分の手に視線を落とすと、じんわり見えてくる事があります。水の中の手は、水中の光が弱いのか、反射が控えめでコントラストが弱く、表面というよりやわらかな色面とも見てとれる。また陰影も控えめで、立体感、距離感を鈍らせ、いわゆる水の物理的な浮力とはまた別の浮遊感、言い換えれば実在感の希薄化、ひいては儚さまで感じさせる・・・。網膜上の現象としては些細ながらも、時に存在の有無をも揺るがす、カラクリ的なこの水の仕業に、私は新鮮な感動を覚え、いつも見ているはずの手をふやける程眺めていました。
 そんな「水」との再会から、「pool」シリーズが始まりました。水という空間に包まれる事によって出てくる表情、つまり現象はモチーフによってそれぞれに個性があります。それにまた驚いたりしながら、子供の頃プールで陥ったあの瞑想の様な世界に、再び心地よく溺れていくのです。

田中朝子 Asako Tanaka