06 SENSES COMPLEX︱感覚の海

ノマルの基本コンセプトとして、2015年から掲げているのが「SENSES COMPLEX」。
“創造とは、すべての感覚が関連しあっている”と改めて思い至ったのがその頃だった。

当時、アートと共に在るサウンドをコンセプトに、オーディオシステム開発に力を入れていた。ハイエンド・オーディオにのめり込んだ時期もあったが、音の解像度を上げ過ぎれば、音楽性が薄れキツくなる─そのジレンマから、美しく響きながらも全ての音を聴き漏らさないスピーカーを設計したくて試作を重ね、自宅で試聴していた時、不意にある感覚が訪れた。小さな、だが自分には心地よいと思える音と、そこにかすかな風の音や窓の外の音が混ざり合った時、何とも言い難い安堵感に包まれのだった─。そして、今この空間の中で、音を聴く自分に気がついた。
感覚は複合的に作用し合いながら在る。人は見ながら、聴きながら、匂いながら、全てを感じながら生きている。
脳は測色機のように色を捉えず、様々な感覚の複合作用の結果、色を見ている。人はそれぞれ違う色を見ているだろう。音もそうである。音楽はその空間にその時にこそあり、そこに生まれる。
感覚は個別には存在せず、絶対的ではなく、相対的であり複合的である。さらに「SENSES COMPLEX」には、感覚の問題だけでなく、変化と自在を大切にしたいという思いも込められている。往き来できるということの大切さ。

版画工房(ノマルエディション)、現代美術画廊(ギャラリーノマル)、デザイン・編集スタジオ(ノマル・グラフィック)、アート&サウンド実験工房(サウンドノマル)─その複合体としてのノマルは、五感を超えて、感覚が交差・拡散する地点である。

耳の聴こえない打楽器奏者の話を聞いた。その人は、体で振動を感じ、目で動きを追い、全身で音楽を聴いていると言う。その人は今、大学で音楽を教えているそうだ。音、光、色彩、重量、質感、温度、味、空間、時間…全てが流れている。

あらゆる表現行為は、様々なジャンルやカテゴリーに便宜上、分けられている。視覚、聴覚なども一般的には五感などに分類される。私自身は、幼いころからごく自然に、この世界はカテゴリーが曖昧なもの同士が、全て曖昧に重なり合っているように感じていた。全ての表現もまた、それらの総合的な場に位置している。そんな曖昧な領域にこそ、魅力を感じるのだ。

アーティストたちと交わる地点も、そこにある。曖昧な感覚がより自由さを獲得し、さらにお互いに混じり合うことで、そこからいつも新しい表現が生まれていった。
思考は重要ではあるが、今、この瞬間に降り注ぐ曖昧な感覚こそが、源泉でもある。その焦点の当て方で、アートやサウンドが生まれたりする。そんな曖昧の海から、新しく魅力的な生命が生まれていく様を一緒に楽しんでいきたい。“考えること”と“感じること”は、どちらも同等に重要なのだ。

曖昧なマトリクスの中から生まれる曖昧な奇跡のようなものがアートだ。タルコフスキーの「惑星ソラリス」という映画が好きなのだが、そこでは曖昧の海から思考が実在として生まれていく。考えることと感じることのスパーク。(2019年 林聡)


01 Publication of Art︱共有されるアート
02 Design = Edit︱“(ざい)”を創る
03 Living Art︱共に、創るために
04 Words of Art︱名付け得ないものに、名付ける
05 Everything on the Table︱創造の道
06 SENSES COMPLEX︱感覚の海
07 Miracle Value︱アートの奇跡

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